相手の反応を考えすぎて、自分の意見が言えないとき|人に合わせてしまう会話の中で起きていること

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「私はこう思う」

自分の中には、ちゃんと考えがある。

でも、相手を目の前にすると、それをそのまま言えない。

相手はどう思うだろう。

否定されたと感じないだろうか。

嫌な顔をされないだろうか。

そのあと気まずくならないだろうか。

話の流れを悪くしてしまわないか。

この楽しい空気感を壊してしまわないだろうか。

そんなことを考えているうちに、

「そうですよね」

「私もそれでいいと思います」

と、相手に合わせた返事をしてしまう。

そして会話が終わってから、

「また自分の考えを言えなかった」

「本当は言いたいことがあったのに、言えなかった」

と思う。

こんなことはないでしょうか。

自分の意見を言えないと、

「もっと自分の考えを持ったほうがいい」

「人に合わせすぎないほうがいい」

「言いたいことは、はっきり言わないと」

と思うかもしれません。

「思っていることは、言葉にしないと伝わらない」

それも頭では、わかっている。

でも、いろいろなことを考えていたら、言えない。

それは周りから客観的に見ると、

「あの人、何も考えていない」

そう捉えられてしまうこともあるかもしれません。

でも、本当に「自分の意見がない」のでしょうか。

もしかすると、自分の考えがないのではなく、

自分の考えを言ったあとに、相手との間で何が起こるのかを考えすぎている

のかもしれません。


自分の考えはあるのに、会話になると言えなくなる

一人で考えているときには、

「私はこう思う」

とはっきりしていることがあります。

ところが、人との会話になった途端、その考えの周りにいろいろなものが加わります。

「相手はどう考えているんだろう」

「ここで反対意見を言ったら、どう思われるかな」

「この言い方だと、否定したように聞こえるかな」

「もう少し相手の話を聞いてからのほうがいいかな」

「いま私の思ったことを言うのは、ちょっと違うかな」

自分の考えだけではなく、相手の気持ちや会話の流れ、その後の関係まで同時に考え始めるのです。

すると、

「私はこう思う」

という一つの考えに対して、

「でも……」

がいくつも重なっていきます。

そして、何と言えばいいのかわからなくなる。

あるいは、最も波風が立たなそうな返事を選ぶ。

そして、いろいろ考えた末に、短くて、そっけない返事になってしまうこともあります。

本人の中では、相手のことを考えていなかったわけではありません。

むしろ、

「これを言ったら、どう思うかな」

「この言い方は違うかな」

「今ここで言うことではないかな」

と、たくさん考えた結果だったりします。

けれど、相手から見えるのは、最後に出てきた短い返事だけです。

相手のことを考えすぎた結果、かえって「そっけない人」「何を考えているのかわからない人」に見えてしまうこともある。

そんなすれ違いが起きることもあります。

これは必ずしも、自分の意見を持っていないということではありません。

むしろ、自分の考えだけではなく、相手との間に起こりそうなことまでたくさん考えている状態なのかもしれません。


「意見が違う」ことが、「相手を否定すること」に感じられる

たとえば、相手が、

「私はAのほうがいいと思う」

と言ったとします。

自分はBのほうがいいと思っている。

本来なら、

「私はBもいいと思う」

と言っても構わない場面です。

AとB、二つの考えがそこにあるだけです。

ところが、

「Bと言ったら、相手のAという考えを否定することになるかな」

と感じることがあります。

相手が自信を持って話していたら、なおさら言いにくい。

相手が目上の人なら、もっと難しいかもしれません。

過去に違う意見を言ったとき、嫌な顔をされた経験がある人もいるでしょう。

そうすると、

「違う考えを伝える」ことと「相手を否定する」ことが、自分の中で近くなっていく

ことがあります。

だから、自分の考えを言わない。

相手に合わせる。

それは単純に「自己主張が苦手だから」ではなく、相手との関係を壊したくないという気持ちから選んでいる反応なのかもしれません。


相手の「その後の反応」まで考えてしまう

言いたいことを言えないとき、怖いのは、その瞬間の反応だけとは限りません。

「嫌な顔をされるかもしれない」

だけではなく、

「そのあと距離を置かれたらどうしよう」

「明日から話しづらくなったら嫌だな」

「面倒な人だと思われるかもしれない」

「ほかの人にも何か言われるかもしれない」

と、その先まで考えることがあります。

一つの発言から、その後に起こり得る展開をいくつも想像する。

そうすると、たった一言、

「私は少し違うと思います」

と言うことが、とても大きな選択に感じられることがあります。

特に、相手の表情や声の変化、場の空気などを細かく受け取りやすい人にとっては、発言そのものよりも、発言したあとに生まれる空気の変化のほうが負担になることもあります。

だから、言わない。

合わせる。

その場を穏やかに終わらせる。

それは、その人なりに人間関係の中で身につけてきた方法でもあるのだと思います。


会話を大切にしようとするほど、自分の言葉を出すタイミングを失うこともある

自分の意見を言えない理由は、相手が怖いからだけではありません。

むしろ、相手の話をきちんと理解したいと思っているからこそ、言えなくなることもあります。

「まだ相手は全部話していないかもしれない」

「もう少し聞いてから、自分の考えを伝えよう」

「ここで自分の話をすると、相手の話を遮ってしまうかもしれない」

「まず相手の考えを整理してから返事をしたほうがいいかな」

そう考えながら、相手の話を聞く。

相手に合わせた返事をしながら、会話を進める。

ところが、そのまま話が進んでいくと、自分の考えを出す場所がなくなってしまうことがあります。

これは少し不思議なことです。

相手とのコミュニケーションを丁寧にしようとしていたはずなのに、その結果、自分自身はほとんど会話の中に出てこなくなる。

相手の話を大切にすることと、自分の考えを伝えること。

本来はどちらも会話の一部なのですが、前者を大切にするあまり、後者が後ろへ追いやられてしまうことがあります。


あとになって「私も同じことを考えていた」と気づくこともある

さらに、こんなこともあります。

数日にわたって、あることについて誰かと話していた。

自分は相手の話を聞きながら、その都度、相手のことを考えた返事をしていた。

自分の考えは、ほとんど話していなかった。

そして、何度か話したあとに相手の考えの全体像が見えてきたとき、

「あれ? 私も最初から同じように考えていた」

と気づく。

そこで、

「実は私も最初からそう思っていたんです」

と言いたくなる。

でも、今さら言うと、

「相手の意見を聞いてから合わせたみたいに思われるかな」

「後出しみたいだな」

と感じて、また言えなくなる。

本当は最初から自分の考えがあったのに、それを途中で出さなかったために、あとから自分の考えを伝えることまで難しくなってしまうのです。

そして、

「どうして私は普通に話せないんだろう」

「もっと自然に自分のことを話せればいいのに」

と、自分を責めてしまうこともあるかもしれません。

でも、ここでも起きていたのは「考えがなかった」ことではありません。

相手を理解しようとして、会話の展開を考えて、自分の言葉を出すタイミングを慎重に選び続けていた。

その結果として、タイミングを失っていたのです。


相手に合わせることは、必ずしも悪いことではない

ここまで読むと、

「極端に考えると、思ったことや感じたことは何でも言ったほうがいいの?」

と思うかもしれません。

そうとは限りません。

相手の話を聞く。

相手の立場を考える。

今は自分の意見を出さないほうがいいと判断する。

場面によっては、それが必要なこともあります。

職場には上下関係があります。

家庭にも、その家庭なりの関係性があります。

相手が感情的になっているときに、あえて今は反論しないという判断もあるでしょう。

自分の考えをいつでも、誰にでも、すべて伝えることが「自分らしく生きること」ではありません。

大切なのは、

「言わないことを自分で選んだ」のか、

「言えないまま、自分の考えまで無かったことにしてしまった」のか。

その違いに気づいていくことなのだと思います。


「言えなかった自分」を責める前に、その場で何を考えていたのかを見る

会話が終わったあと、

「また言えなかった……」

と思ったとき。

すぐに、

「私は自己主張ができない」

「コミュニケーションが苦手だ」

と結論づけなくてもよいのかもしれません。

代わりに、

「あのとき、私は何を心配していたんだろう?」

と振り返ってみます。

相手を傷つけることが心配だった?

嫌われること?

気まずくなること?

場の空気が変わること?

自分の考えが間違っていると思われること?

それとも、相手の話を最後まで理解してから話したかった?

「言えなかった……」という結果だけを見るのではなく、言わなかったところまでに、自分の中で何が起きていたのかを見ていきます。

そうすると、

「私は意見がないのではなく、相手がどう感じるかをすごく考えていたんだ」

「意見が違うことで関係が悪くなるのが怖かったんだ」

「相手の話をちゃんと理解してから返したかったんだ」

と、自分の中で起きていたことが少し見えてくるかもしれません。


まずは「言う」より、自分の考えを自分で確認する

自分の意見を言えないと、

「次こそちゃんと言わなければ」

と思うことがあります。

でも、いきなり行動を変えようとすると、それ自体が新しい負担になることがあります。

そして、気構えてしまうことで、逆にうまく話すことができなくなってしまうこともあります。

まずは相手に伝える前に、

「私は、本当はどう思っている?」

と自分の中で確認するところからでもよいのだと思います。

「あのとき、本当は賛成ではなかった」

「私は別の方法もあると思っていた」

「本当は少し嫌だった」

「私は最初から同じ考えだった」

それを相手に言うかどうかは、そのあと考えても構いません。

第1号の「自分の気持ちがわからないとき」でも触れたように、

自分の気持ちに気づくことと、それを相手に伝えることは別です。

今すぐ言えなくても、自分自身が、

「私はこう考えていた」

とわかっている。

それだけでも、自分の考えを置き去りにしないための一歩になります。


少しだけ自分の言葉を会話の中に置いてみる

もし「少しなら言えそう」と思える場面があれば、最初から強く主張する必要はありません。

「私はこう思います」

と言い切ることが難しければ、

「私は今のところ、こういうふうにも感じています」

「まだうまくまとまっていないのですが、私はこう考えていました」

「そういう考えもわかります。私は少し違うところもあって……」

と、自分の考えを完成された意見ではなく、今の時点での自分の言葉として置いてみる方法もあります。

相手と違う考えを持つことは、相手を否定することと同じではありません。

そして、自分の考えを話したからといって、必ず相手に納得してもらう必要もありません。

ただし、これも「こう言えばうまくいく」という方法ではありません。

相手や関係性によっては、言わないほうが安全な場面もあります。

だからこそ、

「自分の意見を言える人になる」ことを目標にするのではなく、自分の考えを自分自身が見失わないこと

を大切にしてもよいのだと思います。


相手との間にある「空気」も、自分の言葉に影響している

人は、言葉だけで会話しているわけではありません。

相手の表情。

声の強さ。

立場の違い。

これまでの関係。

周りにいる人。

「この場では、こう振る舞ったほうがいい」という暗黙の期待。

そうしたものも含めて、その場の空気がつくられています。

だから、

「言いたいことがあるなら言えばいい」

だけでは説明できないことがあります。

言葉を出しやすい関係もあれば、出しにくい関係もあります。

自分の意見を言っても、

「そういう考えもあるよね」

と受け取ってもらえる場所と、

少し違うことを言っただけで、場の空気が大きく変わる場所では、同じ人でも話し方は変わるでしょう。

自分の意見を言えなかったとき、

すべてを「自分の性格」の問題にしなくてもよいのです。

その相手との関係や、その場にどんな空気があったのか。

そこまで含めて考えると、自分がなぜあのとき言えなかったのかが、少し違って見えることがあります。


自分の考えを言えないことと、HSP

HSPという言葉に自分を重ねている方の中には、相手の表情や声の変化、場の雰囲気などを細かく受け取りやすいと感じている方もいるでしょう。

そうした人にとって、

「自分の意見を言う」

という行為は、単に言葉を口にするだけではないことがあります。

言った直後の相手の表情。

一瞬の沈黙。

声のトーン。

その後の会話。

そうした変化まで受け取りながら話していると、一つの発言にも多くのことを考えることがあります。

ただし、

「HSPだから意見を言えない」

と決めつける必要はありません。

同じ人でも、安心できる相手には自然に話せることがあります。

反対に、普段は自分の意見を言える人でも、特定の相手や環境では言いにくくなることがあります。

ここでも、本人の敏感さだけではなく、誰との間で、どのような状況で起きているのかを見ることが大切です。


自分の言葉を取り戻すことは、相手を押しのけることではない

相手を大切にしたい。

相手の話をちゃんと聞きたい。

関係を壊したくない。

そう思うことと、自分の考えを持つことは、どちらか一方を選ばなければならないものではありません。

相手の考えを理解しながら、

「私はこう思っている」

という自分の言葉もそこに置いておく。

すぐには難しいこともあるでしょう。

言えない日もあるでしょう。

あとになって、

「本当はこう言いたかった」

と気づくこともあります。

それでも、その気づきを、

「また言えなかった」

だけで終わらせず、

「私は、あのときこう考えていたんだ」

と自分自身が受け取る。

そこから少しずつ、自分の言葉を取り戻していくことができるのかもしれません。


一人で考えるほど、会話が難しくなってしまうとき

相手の反応を何通りも想像して、

「こう言ったら、こう思われる」

「だったら、この言い方のほうがいい」

「でも、それだと違う意味に取られるかもしれない」

と考え続けると、ますます何を言えばいいのかわからなくなることがあります。

そんなとき、誰かとのやり取りの中で、

「私は本当は何を伝えたかったのか」

「何が怖くて言えなかったのか」

「相手との間で、何を気にしていたのか」

を一つずつ整理していく方法もあります。

HARUBERRYの30日間LINE文章伴奏では、

「こう言えば正解です」

と答えを決めるのではなく、文章でのやり取りを通して、その方が感じたことや考えていたことを一緒に整理していくことを大切にしています。

うまく説明できなくても構いません。

「また人に合わせてしまった」

「あとから言いたいことが出てきた」

というところからでも話していただけます。


自分の考えを言えなかったとき、自分の考えまで消さなくていい

相手の反応を考えすぎて、自分の意見を言えなかった。

そのことに気づくと、自分を責めたくなるかもしれません。

でも、そのときの自分は、

相手の気持ちを考えていた。

関係がどうなるかを考えていた。

場の空気を考えていた。

会話をうまく進めようとしていた。

その結果として、自分の言葉を出すことが難しくなっていたのかもしれません。

だから、

「もっと自己主張しなければ」

と急がなくてもよいのだと思います。

まずは、

「私は、あのとき何を考えていたんだろう」

と、自分のところへ戻ってみる。

相手には言えなかったとしても、

「私はこう思っていた」

という自分の考えまで消す必要はありません。

相手の言葉を大切にしながら、自分の言葉も置き去りにしない。

その両方が少しずつできるようになることが、自然なコミュニケーションにつながっていくのかもしれません。

HARUBERRYは、その人自身の言葉を主旋律にしながら、一緒に整理していく「伴奏」を大切にしています。