「あなたは、どうしたいの?」
そう聞かれたとき、すぐに答えられなかったことはありませんか。
嫌だったような気もする。
でも、相手にも事情があったのだと思う。
本当は断りたいのかもしれない。
でも、断ったら相手を困らせてしまう。
仕事を辞めたいと思うこともある。
でも、仕事そのものが嫌いなのかと聞かれると、それもよくわからない。
相手がどう思っているのかは、いくらでも考えられるのに、
「じゃあ、自分はどうしたいの?」
と聞かれた途端、わからなくなってしまう。
そんなことがあります。
自分の気持ちがわからないと、
「自分のことなのに、どうしてわからないんだろう」
「私には自分の意見がないのかな」
と思ってしまうかもしれません。
でも、本当に「自分の気持ちがない」のでしょうか。
もしかすると、気持ちがないのではなく、自分以外の人の気持ちを考える時間が、とても長くなっているのかもしれません。
「自分の気持ちがわからない」のは、おかしなことではありません
私たちは、自分の感情だけを見ながら生活しているわけではありません。
職場なら、上司や同僚との関係があります。
家庭なら、パートナーや子ども、親との関係があります。
友人との関係でも、
「これを言ったら嫌な気持ちにさせるかな」
「せっかく誘ってくれたのに断ったら悪いかな」
と考えることがあります。
相手のことを考えること自体は、決して悪いことではありません。
むしろ、相手の立場を想像できることは、人と関わるうえで大切なことでもあります。
ただ、それがいつも自分の気持ちより先になっていたらどうでしょう。
「嫌だな」と感じた直後に、
「でも、相手にも事情があるし」
と考える。
疲れていても、
「みんなも大変だから」
と思う。
断りたいと思っても、
「断ったらどう思われるだろう」
と考える。
傷ついたときにも、
「私が気にしすぎなのかもしれない」
と自分に言い聞かせる。
こうしたことを繰り返していると、最初に自分の中に浮かんだ小さな感情は、たくさんの「でも」の奥に隠れていきます。
そして、いざ「自分はどうしたいの?」と考えたとき、
何も浮かんでこないように感じることがあります。
人に合わせ続けると、自分の気持ちは見えにくくなる
たとえば、職場で誰かから仕事を頼まれたとします。
その瞬間には、
「今日は余裕がないな」
と思ったかもしれません。
ところが、すぐに別の考えが浮かびます。
「この人も忙しそうだし」
「断ったら感じが悪いかな」
「みんな引き受けているし」
「私だけ断るのも……」
「これくらいできないと思われたくない」
そう考えて、
「大丈夫ですよ」
と引き受ける。
こうした場面が一度だけなら、それほど問題にならないかもしれません。
けれど、これが人間関係の中で繰り返されていくと、
自分がどう感じているかを確認するより先に、周囲にとって適切な答えを探す
ことが習慣になっていくことがあります。
相手の表情を見る。
相手の機嫌を考える。
何を期待されているのか考える。
その場で自分に求められている役割を考える。
空気を悪くしない方法を考える。
そうして周囲の情報をたくさん受け取り続けているうちに、
「私はどう感じている?」
という自分自身への問いが、後ろのほうへ追いやられてしまいます。
これは単純に「自分の意見を持てない」という話ではありません。
むしろ、周囲をよく見てきたからこそ、自分を見る時間が少なくなっている場合もあるのです。
自分の気持ちは分かっていても、言えないことがある
一方で、「自分の気持ちがわからない」状態になる前に、別のことが起きている場合もあります。
本当は、自分がどう思っているのか分かっている。
「私はそうは思わない」
「本当は断りたい」
「その言い方は嫌だった」
「私は別の方法がいいと思う」
そんな気持ちは、自分の中にちゃんとある。
それでも、言葉にできないことがあります。
自分の考えを伝えたら、相手の考えを否定することになるのではないか。
相手とまったく違う意見を言ったら、どう思われるだろう。
嫌な顔をされるかもしれない。
機嫌を悪くするかもしれない。
その後、気まずくなるかもしれない。
そう考えると、自分の気持ちそのものよりも、その気持ちを伝えたあとに起こることのほうが気になってしまうことがあります。
すると、
「私はこう思う」
と感じていても、
「そうですよね」
と相手に合わせる。
本当は断りたくても、
「大丈夫です」
と引き受ける。
嫌だったのに、
「気にしていません」
と笑ってしまう。
この段階では、まだ自分の気持ちは見えています。
ただ、その気持ちを外へ出さず、自分の中に戻しているのです。
相手のことを考えるほど、言うタイミングを失うこともある
必ずしも「相手が怖い」から言えないとは限りません。
「もう少し相手の話を聞いてから、自分の考えを伝えよう」
「今ここで違う意見を出したら、話の流れを変えてしまうかもしれない」
「相手が何を言いたいのか、もう少し分かってから返事をしたい」
そんなふうに、相手とのやり取りを丁寧に考えているうちに、自分の考えを出すタイミングを失ってしまうこともあります。
相手の話を理解しようとすることも、会話の流れを大切にすることも、人と関わるうえでは大切なことです。
ただ、それが続くことで、
「私はこう思う。でも今は言わない」
だったものが、
「私の考えのほうがおかしいのかな」
「相手がそう言うなら、私が間違っているのかな」
と変わっていくことがあります。
自分の気持ちを表に出さないことが続くうちに、自分が感じたことを、自分自身でも採用しなくなってしまう。
そうして少しずつ、自分の気持ちを感じることだけではなく、自分の気持ちを信じることも難しくなっていくことがあります。
「自分の気持ちがわからない」という状態の背景には、そんな積み重ねがある場合もあります。
気持ちに気づくことと、相手に伝えることは別です
ここで大切なのは、
「だったら、自分の気持ちは全部相手に言ったほうがいい」
ということではありません。
人間関係には、それぞれ事情があります。
自分の考えを伝えたことで相手が怒るかもしれない。
職場の上下関係など、簡単には無視できない力関係があるかもしれない。
今は伝えないほうがよい、と自分で判断することもあるでしょう。
だから、自分の気持ちを表現できなかったからといって、
「また言えなかった」
「自分は弱い」
と責める必要はありません。
自分の気持ちに気づくことと、その気持ちを相手に伝えることは別です。
相手には言わなかったとしても、
「私は本当は嫌だったんだな」
「本当は断りたかったんだな」
「私は相手とは違う考えだったんだな」
と、自分自身が知っている。
それだけでも、自分の気持ちを置き去りにしないための大切な一歩になることがあります。
「本当はどうしたい?」と考えるほど、苦しくなることもある
自分の気持ちがわからなくなったとき、
「本当の気持ちを見つけよう」
と一生懸命考えることがあります。
もちろん、それで見えてくることもあります。
でも、
「本当はどうしたい?」
「本当の私はどう思っている?」
と問い続けるほど、かえってわからなくなることもあります。
それは、心のどこかに隠れているたった一つの正解を探そうとしているからかもしれません。
たとえば、人間関係に疲れているとします。
「もう離れたい」
という気持ちがある。
でも同時に、
「嫌いになったわけではない」
という気持ちもある。
さらに、
「離れたら寂しい」
「でも、このままも苦しい」
という気持ちもあるかもしれません。
では、この中のどれが「本当の気持ち」なのでしょうか。
もしかすると、
全部、そのときの自分の気持ちなのかもしれません。
気持ちは一つでなくてもいい
私たちの感情は、いつもきれいに一つにまとまっているわけではありません。
「嫌だった。でも相手を嫌いなわけではない」
「断りたい。でも困らせたくない」
「離れたい。でも離れるのは寂しい」
「仕事を辞めたい。でも仕事そのものを嫌いになったわけではない」
一見すると矛盾しているように見えます。
だから、
「結局どっちなの?」
と自分に答えを求めたくなることがあります。
けれど、人の気持ちは、必ずしもどちらか一方を選ばなければならないものではありません。
「嫌だった」と「相手の事情もわかる」は、一緒にあってもいい。
「断りたい」と「相手を大切にしたい」も、一緒に存在できます。
大切なのは、すぐに一つの結論へまとめることではなく、
「自分の中には、今こういう気持ちもあるんだな」
と、一つずつ見つけていくことなのかもしれません。
自分の気持ちを少しずつ整理するために
では、自分の気持ちがわからないとき、どうしたらよいのでしょうか。
いきなり、
「私は本当はどうしたい?」
と大きな答えを探さなくても大丈夫です。
もう少し小さなところから考えてみます。
たとえば、何か引っかかる出来事があったなら、
「その瞬間、私はどう感じた?」
と振り返ってみます。
嫌だった。
寂しかった。
腹が立った。
怖かった。
疲れた。
なんとなくモヤモヤした。
はっきりした言葉にならなければ、
「なんか嫌だった」
でも構いません。
そして、すぐにその感情を評価しないことも大切です。
「でも相手にも事情があった」
「私にも悪いところがあった」
という考えが浮かんできても、それを消す必要はありません。
ただ、その前に、
「それとは別に、私は嫌だったんだな」
と置いてみる。
相手の事情を理解することと、自分の感情を認めることは、どちらか一方しかできないものではありません。
「したいこと」より「したくないこと」のほうが見つけやすいこともある
「自分がどうしたいのかわからない」
というときには、逆から考えてみる方法もあります。
「何がしたい?」ではなく、
「これは、ちょっと嫌かもしれない」
を探してみます。
「もう少し急かされずに考えたい」
「今日はこれ以上頼まれたくない」
「みんなの前では言われたくない」
「今すぐ答えを出したくない」
「少し一人になりたい」
大きな人生の答えではありません。
でも、こうした小さな「嫌だ」「今はしたくない」「もう少しこうだったらいいのに」の中に、自分の感覚が残っていることがあります。
「何をしたいのかわからない」からといって、何も感じていないわけではないのです。
自分の言葉と、相手を考えた言葉を分けてみる
もう一つ、文章にしてみる方法があります。
たとえば、
「本当は断りたい。でも相手も忙しそうだから引き受けるべきだと思う」
という気持ちがあったとします。
これを、
自分の気持ち
「今日は断りたい」
相手について考えていること
「相手も忙しそう」
自分に求めていること
「だから私が引き受けるべき」
と、いったん分けてみます。
どれかが間違っているわけではありません。
ただ、全部が一つになっていると、
「結局、私はどう思っているの?」
と分からなくなりやすくなります。
分けてみることで、
「あ、自分の中には確かに『断りたい』もあったんだ」
と気づけることがあります。
その気持ちを見つけたからといって、必ず断らなければならないわけでもありません。
気持ちに気づくことと、実際にどう行動するかは別です。
まずは、自分の中にあったものを置き去りにしない。
そこから考えても遅くありません。
一人で考えるほど、わからなくなるとき
自分の気持ちを知ろうとして、一人で何度も考えているうちに、
かえって分からなくなってしまうこともあります。
「私が悪かったのかな」
「でも、あの言い方は嫌だった」
「いや、やっぱり私が気にしすぎ?」
「でも……」
同じところを何度も行ったり来たりする。
そんなとき、誰かに話したり、文章にしたりすることで、自分の中にあるものが少しずつ見えてくることがあります。
大切なのは、誰かに「あなたの本音はこれですよ」と決めてもらうことではありません。
話しながら、
「私はここで嫌だったんだ」
「本当は少し疲れていたんだ」
「相手を嫌いなわけじゃない。でも、これは嫌だったんだ」
と、自分自身の言葉が見つかっていくことです。
HARUBERRYでは、30日間のLINE文章伴奏を通して、すぐに一つの答えを出すことよりも、文章をやり取りしながら、その方の中にある気持ちや状況を一緒に整理していくことを大切にしています。
「何を相談したらいいのか分からない」
「自分でも、何に悩んでいるのかうまく説明できない」
そんなところからでも構いません。
実際にどのようなやり取りをするのか気になる方は、「LINE文章伴奏・やり取り例①」も参考にしていただければと思います。
自分の気持ちは、急いで一つに決めなくてもいい
自分の気持ちがわからないと、不安になることがあります。
でも、
「自分の気持ちがない」
と決めつけなくてもよいのだと思います。
これまで周りの人をよく見て、
相手の気持ちを考えて、
期待されていることを考えて、
その場をうまく保とうとしてきた。
あるいは、自分の考えはあったけれど、
相手を否定したくなかった。
関係が悪くなるのが怖かった。
相手の反応や、その後のことまで考えて、言葉を飲み込んできた。
そんな時間が長かったから、自分自身の声が少し聞こえにくくなっているのかもしれません。
そして、自分の中にある気持ちは、一つとは限りません。
嫌だけど、大切。
離れたいけど、寂しい。
断りたいけど、困らせたくない。
相手の考えも分かる。でも、私は違う考えを持っている。
どちらかを消して、すぐに一つの答えを出さなくても大丈夫です。
まずは、
「今の私には、こんな気持ちもあるんだな」
と気づくところから。
自分の気持ちを探すことは、「正しい本音」を当てることではなく、これまで後ろに置いてきた自分の小さな感覚にも、少しずつ耳を傾けていくことなのかもしれません。
HARUBERRYは、その人自身の言葉を主旋律にしながら、一緒に整理していく「伴奏」を大切にしています。







