「これ、お願いしてもいいですか?」
そう言われた瞬間、本当は少し迷っている。
今日は余裕がない。
できれば引き受けたくない。
自分の仕事も残っている。
頭の中では、そう思っている。
それなのに、
「大丈夫です」
「わかりました」
と答えてしまう。
そしてあとになって、
「どうして、また引き受けてしまったんだろう」
「なんで私ばっかり仕事が増えていくのだろう」
「やっぱり嫌だった」
と思う。
断ればよかった。
たった一言、
「今回は難しいです」
と言えばよかった。
それだけのことなのに、なぜか言えない。
もしかすると、怖いのは「NO」という言葉そのものではないのかもしれません。
NOと言ったあとに起こるかもしれないことが、怖いのではないでしょうか。
断った「あと」のことを考えてしまう
何かを頼まれたとき。
断るという選択肢が、まったく思い浮かばないわけではありません。
むしろ、
「本当は断りたい」
と思っていることもあります。
それでも、相手を目の前にすると、いろいろなことが頭に浮かびます。
「嫌な顔をされないだろうか」
「冷たい人だと思われないだろうか」
「困っているのに断るのは申し訳ない」
「次から声をかけてもらえなくなるかもしれない」
「関係が気まずくなったらどうしよう」
「私が少し頑張れば済むことなのに」
そんなことを考えているうちに、
「わかりました」
と言ってしまう。
つまり、断ることが怖いというより、
断ったことによって、相手との関係に何かが起こることが怖い。
そんな場合があります。
YESと言うと、その場の不安は少し軽くなる
頼まれたことを引き受ければ、仕事や負担は増えるかもしれません。
それでも、
「わかりました」
と答えた瞬間には、少しホッとすることがあります。
相手は嫌な顔をしなかった。
その場の空気も悪くならなかった。
気まずいやり取りもしなくて済んだ。
つまり、
YESと言うことで、これからの負担は増えても、その瞬間の対人不安は小さくなる。
これは、断ることが苦手な状態が繰り返される理由の一つです。
その場では、
「引き受けたほうが楽」
なのです。
ところが、その小さな安心と引き換えに、自分の仕事が増えたり、休む時間が減ったり、あとから不満が残ったりする。
そして、
「また断れなかった」
と自分を責める。
そんなことが繰り返されていきます。
「NOと言えない=意志が弱い」とは限らない
断れない自分に対して、
「私は意志が弱い」
「もっとはっきり言えればいいのに」
と思うことがあるかもしれません。
けれども、人がNOと言いにくくなる背景には、その人の性格だけでは説明できないものがあります。
たとえば職場で、
「これ、お願いできる?」
と言われたとします。
言葉だけを見れば、単なる依頼です。
しかし、その場には言葉にされていないものも存在しています。
相手が上司であること。
これまで自分が何度も引き受けてきたこと。
周囲も忙しそうにしていること。
「みんな大変なんだから」という空気があること。
断った人が以前、どのように扱われていたか。
自分が「頼みやすい人」と思われていること。
同じ「これ、お願いできる?」でも、
そこにある関係性やこれまでの経緯によって、その言葉の重さは変わります。
HARUBERRYでは、こうした言葉にされない期待や役割、圧力、関係性まで含めて、その場の「空気の構造」を考えることを大切にしています。
だから、
NOと言えないことを、その人の意志の弱さだけで考えなくてもよいのです。
断ることが、本当に危険だった経験もある
もう一つ、大切にしておきたいことがあります。
「断っても大丈夫ですよ」
と言われても、そう簡単には思えない人もいます。
なぜなら、これまで実際に、
断ったら不機嫌になられた。
断ったあとに冷たくされた。
仲間外れのように感じる経験をした。
「協調性がない」と言われた。
強く責められた。
そんな経験をしてきた人もいるからです。
人は経験から、
「こうすると安全だった」
「こうすると嫌なことが起きた」
ということを学んでいきます。
もし、
引き受けることで関係が穏やかに保たれ、断ることで嫌なことが起きる
という経験を何度もしてきたのなら、
NOに怖さを感じることには、それなりの理由があります。
だから、
「気にしすぎですよ」
「嫌なら断ればいいんです」
という言葉だけでは、その怖さはなかなか消えません。
だから、断るという選択が非常に難しくなっているのです。
それでも、すべてを引き受け続けるのは苦しい
ただ、その怖さに合わせて毎回YESと言い続けていると、別の苦しさが生まれてきます。
前回の空気構造シリーズ第5回では、
「私が我慢すれば丸く収まる」ことを繰り返すうちに、いつも同じ役割を背負うようになる
ということを考えました。
頼まれる。
引き受ける。
また頼まれる。
また引き受ける。
それを繰り返しているうちに、
「この人ならやってくれる」
という期待が生まれることがあります。
そして、自分自身も、
「私がやるしかない」
と思うようになる。
だからこそ、
頼まれたらYESと言うしかない状態から、YESもNOも自分で選べる状態へ戻していくこと
が大切になります。
境界線は、YESとNOの二択ではない
ここで、空気構造シリーズ第3回で考えた「境界線」という考え方が役に立ちます。
境界線というと、
「ここから先には入らないでください」
という、はっきりした線を想像するかもしれません。
けれども、人間関係の境界線は、いつもそこまで明確なものではありません。
「全部引き受ける」
か、
「全部断る」
か。
その二択でなくてもよいのです。
たとえば、
「いま私には抱えている仕事がいくつかあるので、難しいです」
「今日は難しいですが、明日ならできます」
「全部は難しいですが、ここまでならできます」
「今回はできますが、次回は難しいかもしれません」
「ここまでは私がやります。その先をお願いしてもいいですか?」
「これを引き受けると、今の仕事が遅れます。どちらを優先したらよいですか?」
そんな伝え方もあります。
また、その場ですぐに答えなくてもよいことなら、
「少し確認してから返事してもいいですか?」
と、一度持ち帰ることもできます。
境界線は、相手を遠ざけるための壁ではありません。
自分はどこまでならできるのか。
どこから先は難しいのか。
それを自分で確かめながら、相手に伝えていくための目安でもあります。
断る前に、「自分はどうしたい?」と聞いてみる
頼まれた瞬間に、
「相手はどう思うだろう」
と考えることが習慣になっている人もいます。
もちろん、相手への配慮は大切です。
けれども、その前に一つだけ、自分にも聞いてみてください。
「私は、どうしたいだろう?」
引き受けたいのか。
本当は断りたいのか。
できるけれど、今は余裕がないのか。
一部分なら手伝えるのか。
頼まれた瞬間には、自分の気持ちがわからないこともあります。
だからこそ、すぐにYESを言わず、
自分の答えを確認するための時間をつくる。
それだけでも、これまでとは少し違う選択ができるようになります。
丁寧に伝えることと、相手の反応を決めることは違う
断ったあと、
「あの人、怒っていないかな」
「嫌われたかな」
と気になることもあります。
そんなときは、空気構造シリーズ第4回で紹介した「3つの円」で考えてみることもできます。
自分の円にあるのは、
どのように伝えるか。
必要なら理由を説明すること。
どこまでならできるのかを伝えること。
できないことを誠実に伝えること。
一方で、
その返事を相手がどう受け取るか。
自分をどう評価するか。
不機嫌になるかどうか。
そこには、相手が決める部分も含まれています。
丁寧に断ることはできる。
でも、相手が嫌な顔をしないところまで、自分が引き受けることはできません。
相手に配慮することと、相手の感情まで自分の責任にすることは、同じではありません。
NOと言ったあとに不安になるのは、おかしなことではない
勇気を出して断った。
でも、そのあとずっと気になる。
「あれでよかったのかな」
「言い方が悪かったかな」
「やっぱり引き受ければよかったかな」
そんなふうに考えてしまうこともあります。
だから、
「断れたのに不安になった」
からといって、失敗したとは限りません。
これまでYESと言うことで保ってきた関係の中で、違う選択をしたのです。
慣れないことをすれば、不安になることもあります。
相手も、
「今まではやってくれたのに」
と戸惑うかもしれません。
でも、
相手が戸惑ったことと、自分の選択が間違っていたことは同じではありません。
一度のNOで、その境界線が正しかったかどうかをすぐに決めなくてもよいのです。
断ることは、人を大切にしないことではありません
断ることが苦手な人ほど、人との関係を大切にしていることがあります。
相手を困らせたくない。
嫌な気持ちにさせたくない。
できることなら力になりたい。
そう思っている。
その気持ちまで手放す必要はありません。
大切なのは、
相手を大切にする人間関係の中に、自分自身も入れておくこと。
誰かを助けることもできる。
引き受けることもできる。
ときには我慢することもある。
でも、それを毎回自動的に選ぶ必要はありません。
そして、勇気を出して「すぐに引き受けなかった自分」のことも、大切にしてあげてください。
すぐにYESと言わず、自分がどうしたいのかを考える時間をつくった。
それは、相手を大切にしながら、自分自身のことも大切にしようとした一つの選択です。
「私は他人を大切にするように、私自身のことも大切にしていい」
そうやって、自分の選択を少しずつ認めていくことも、境界線をつくっていくための大切な一歩なのだと思います。
YESもNOも、自分で選べるように
目指したいのは、
何でも断れる人になることではありません。
まして、
「私は私、あなたはあなた」
と、すべてを切り離すことでもありません。
人は影響し合いながら生きています。
だから、相手のことを考えることもある。
場の状況を見て、自分が引き受けることもある。
そのうえで、
「今回は引き受けよう」
「今回は難しいと伝えよう」
「ここまでなら手伝おう」
と、自分で選ぶことができる。
その余白を少しずつ取り戻していく。
NOを言えるようになること以上に大切なのは、YESもNOも、自分で選べるようになることなのかもしれません。
これまで自動的にYESと言っていたところで、一度だけ立ち止まってみる。
そして、
「私は、どうしたいだろう」
と、自分にも聞いてみる。
そこから、人との関わり方は少しずつ変わっていくのだと思います。
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