相手が不機嫌そうにしている。
自分の意見を伝えたら、少し嫌な顔をされた。
頼まれたことを断ったら、相手の返事がそっけなくなった。
そんなとき、
「言い方が悪かったかな」
「嫌な思いをさせてしまったかな」
「私が何とかしたほうがいいのかな」
と考えることがあります。
相手のことを大切に思っているからこそ、相手の気持ちを考える。
それ自体は、とても自然なことだと思います。
けれど、人間関係の中で疲れやすいときには、
自分が変えられることだけでなく、自分には決められないことまで「私が何とかしなければ」と背負っていることがあります。
そんなとき、HARUBERRYでは人間関係の中で起きていることを、いったん「3つの円」に分けて考えてみます。
ただ、その前に。
もう一つ大切にしたいことがあります。
それは、
すぐに「誰が悪い」「どうすればいい」と考える前に、一歩引いて「何が起きているのだろう」と見てみることです。
目次
- 人間関係の中にいると、事実と気持ちは混ざりやすい
- 相手が嫌がることと、「伝える必要があること」は別です
- HARUBERRYで考える「3つの円」
- ① 自分が変えられること
- ② 相手が決めること
- ③ 誰にもコントロールできないこと
- 「影響を与えられること」と「決められること」は違います
- 「配慮できること」と「コントロールできること」も違います
- 「正しいか、間違っているか」も、一度分けて考えてみる
- 自分の意見が採用されなかったときにも、3つの円は使えます
- 「誰にもコントロールできないこと」まで背負っていないでしょうか
- 3つの円は、きれいに分けるためのものではありません
- 3つの円を、一歩引いたところから眺めてみる
- 境界線と「3つの円」
- ひとつの悩みを、3つの円に分けてみる
- それでも、相手の機嫌が気になってしまうとき
- まとめ|すべてを自分の円に入れなくても、人を大切にすることはできる
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人間関係の中にいると、事実と気持ちは混ざりやすい
たとえば、職場で相手に注意をしたとします。
相手の表情が曇った。
返事も少しそっけなくなった。
すると、
「怒らせてしまった」
「言わないほうがよかった」
「私が悪かったのかもしれない」
と考えるかもしれません。
けれど、一度立ち止まってみます。
実際に確認できることは、
「自分が注意をした」
「そのあと、相手の表情や返事が変わった」
というところまでかもしれません。
「怒っている」
「自分を嫌いになった」
「注意したことが間違いだった」
というところには、自分なりの解釈や推測が含まれています。
もちろん、その推測が当たっていることもあります。
大切なのは、
「自分がそう感じたこと」と「実際に確認できること」を、いったん分けてみることです。
相手が嫌がることと、「伝える必要があること」は別です
もう少し考えてみましょう。
たとえば、先程のように職場で
「相手に注意をする場面」や、
「危険な行動をしている人に注意しなければならない場面」があります。
注意すれば、相手は嫌な気持ちになるかもしれません。
それでも、
業務を進めるために、理解してもらう必要がある。
危険を避けるために、伝える必要がある。
ということがあります。
ここで、
「相手が嫌な顔をした」
ということだけを基準にしてしまうと、
「やっぱり言わないほうがよかった」
となってしまうかもしれません。
でも、
相手がどう感じるかと、
自分がその場で果たす必要のある役割は、同じものではありません。
相手の反応を感じ取ることはできます。
その反応を踏まえて、伝え方を振り返ることもできます。
それでも、
必要なことを伝えたという自分の選択まで、相手の表情だけで否定する必要はありません。
ここで役に立つのが、「3つの円」です。
HARUBERRYで考える「3つの円」
人間関係の中で何かが起きたとき、HARUBERRYでは次の3つに分けて考えてみます。

① 自分が変えられること
自分の言葉。
自分の行動。
伝え方。
距離の取り方。
引き受けるのか、断るのか。
助けるのか、今日は助けないのか。
必要なことを伝えるのか。
そして、起きた出来事に対して、自分がこれからどう行動するのか。
これらは、完全に思い通りになるとは限りませんが、
自分で選んだり、変えたりする余地があること
です。
② 相手が決めること
相手がどう感じるのか。
どう受け取るのか。
自分をどう評価するのか。
納得するのか。
怒るのか。
距離を取るのか。
そして、相手自身がこれからどう行動するのか。
こちらから働きかけることはできます。
説明することもできます。
謝ることもできます。
お願いすることもできます。
けれど最後にどう感じ、どうするのかは、
相手の側に残るもの
です。
③ 誰にもコントロールできないこと
そして、人間関係にはもう一つあります。
誰か一人の意思だけでは決められないことです。
すでに起きてしまった過去。
偶然の出来事。
突然の予定変更。
組織全体の事情。
社会の変化。
予想していなかった出来事。
どれだけ考えても、どれだけ準備しても、人にはコントロールできないことがあります。
それを、
「もっと私が何とかできたのではないか」
と自分の責任の中へ入れてしまうと、背負うものは際限なく増えていきます。
「影響を与えられること」と「決められること」は違います
ここは、3つの円を考えるうえで、とても大切なところです。
私たちは相手に影響を与えることができます。
優しく話しかければ、安心してもらえるかもしれません。
丁寧に説明すれば、納得してもらえる可能性も高くなるかもしれません。
反対に、強い言葉で傷つけてしまうこともあります。
だから、
「相手のことは相手の円だから、私は関係ない」
ということではありません。
けれど、
影響を与えられることと、結果を決められることは違います。
丁寧に伝えても、納得してもらえないことがあります。
誠実に謝っても、許してもらえないことがあります。
できる限り配慮して断っても、嫌な顔をされることがあります。
自分にできることを考える。
必要なら振り返る。
できることがあれば、もう一度働きかける。
そこまでは自分の円です。
その先で相手が何を感じ、どう判断するかまで、自分一人で決めることはできません。
「配慮できること」と「コントロールできること」も違います
人間関係を大切にする人ほど、
「相手を嫌な気持ちにさせたくない」
と思うことがあります。
その気持ちは、なくす必要はありません。
相手の立場を考える。
言葉を選ぶ。
タイミングを考える。
必要なら謝る。
それらは、人と関わるうえで大切な配慮です。
でも、
配慮することと、相手の気持ちを自分の望む状態にすることは違います。
相手を大切にすることと、
相手の感情すべてに責任を持つことも、
同じではありません。
「正しいか、間違っているか」も、一度分けて考えてみる
人間関係では、
「相手の言っていることは間違っている」
と感じる場面もあります。
場合によっては、黙っていることが適切ではないこともあります。
安全上の問題。
ルール上の問題。
専門職として守る必要のある基準。
誰かの権利を傷つける可能性のある言動。
そうした場面では、必要なことを伝えるという選択もあります。
ただ、ここでも一歩引いてみます。
実際に何が言われたのか。
何が起きたのか。
どのルールや基準に照らして問題だと考えているのか。
自分はそこに、どのような役割で関わっているのか。
そして、
「事実として確認できること」と「自分の判断」をいったん分けてみる。
そうすることで、
「私は正しい。相手は間違っている」
という対立だけではなく、
「この状況で、自分の役割として何をする必要があるだろう」
と考えやすくなります。
必要な指摘をする。
理由を説明する。
記録する。
ほかの人へ相談する。
あるいは、その場では何もしない。
どれを選ぶかは状況によって違います。
ここでも大切なのは、
相手の反応を完全にコントロールすることではなく、自分の円の中で何を選ぶのか
ということです。
自分の意見が採用されなかったときにも、3つの円は使えます
たとえば、ある問題について、
「自分の経験ではAの方法がよいと思う」
と考えていたとします。
自分の考えを伝えました。
けれど、周囲の人たちはBの方法を選びました。
そんなとき、
「もっと強く説得するべきだったのでは」
「Bで失敗したらどうしよう」
「私が何とかしなければ」
と背負ってしまうことがあります。
ここでも、一度整理できます。
自分がAという意見を伝える。
その理由を説明する。
必要な情報を提供する。
ここまでは、自分ができることです。
そのうえで、組織や集団としてBを選択したのであれば、
その決定そのものを自分一人で変えられないこともあります。
そこで、
「私はAがよいと考え、その理由も伝えた。今回はBという選択になった。では、Bを選んだ結果として何が起きるのかを見ていこう」
と、一歩引いて経過を見る。
これは、無責任になることではありません。
むしろ、
自分が担う責任と、自分一人では担えない責任を分けながら、状況を見続けること
でもあります。
「誰にもコントロールできないこと」まで背負っていないでしょうか
何かうまくいかなかったとき、
「あのとき、こうしていれば」
「もっと早く気づいていれば」
「私がもっと頑張っていれば」
と考えることがあります。
振り返ることで、次に活かせることもあります。
けれど、当時の自分には知ることのできなかったことや、誰にも予測できなかった出来事まで、
「私が防ぐべきだった」
と考えてしまうことがあります。
過去そのものを変えることはできません。
偶然を完全になくすこともできません。
ほかの人や組織、社会全体の動きを、一人で決めることもできません。
それでも、
「私が何とかできたはずだ」
と考え続けると、
誰にもコントロールできないものまで、自分の円へ集めてしまいます。
3つの円は、きれいに分けるためのものではありません
実際の人間関係は、図のようにきれいに分かれるものではありません。
自分の言葉は、相手に影響します。
相手の反応は、自分の気持ちにも影響します。
環境や偶然によって、自分や相手の選択肢が変わることもあります。
だから3つの円は、
「これは私。これはあなた。ここから先は関係ありません」
と、人との関係を切り分けるためのものではありません。
むしろ、
「今、私はどこまでを自分の責任として背負っているだろう」
と確認するための目安です。
円と円の間には、影響し合う部分があります。
けれど、
影響し合うことと、すべての責任を引き受けることは違います。
3つの円を、一歩引いたところから眺めてみる
3つの円を使うときには、もう一つ意識してみてほしいことがあります。
それは、
すぐに円の中へ答えを入れようとせず、一度その出来事全体を眺めてみることです。
「私は今、何を感じているだろう」
「実際には何が起きているだろう」
「私はそこから、何を推測しているだろう」
「自分には、どんな役割があるだろう」
「誰が何を決められるのだろう」
少しだけ距離を取って見てみる。
感情をなくす必要はありません。
自分の感情も、大切な情報の一つです。
ただ、
感情の中だけから出来事を見るのではなく、少し離れたところから全体を見る場所も持ってみる。
そうすると、
事実・自分の気持ち・自分の解釈・自分の役割・相手の反応
が、少しずつ分かれて見えてくることがあります。
そのうえで、
①自分が変えられること
②相手が決めること
③誰にもコントロールできないこと
へ整理してみます。
3つの円は、その一歩引いた場所から使うことで、より役立つものになるのだと思います。
境界線と「3つの円」
前回の空気構造シリーズでは、「境界線」について考えました。
HARUBERRYでは境界線を、相手を拒絶するための壁ではなく、
「自分のこと」と「相手のこと」を分けて考えるための目安
として捉えています。
そして境界線は、いつも同じ場所に固定されているものでもありません。
相手や状況、自分の余裕によって、グラデーションのように調整していくものです。
「3つの円」は、その境界線を考えるときに、
今、自分は何を背負っているのか。
その中に、本当に自分が変えられるものはどれくらいあるのか。
を整理するための一つの方法です。
ひとつの悩みを、3つの円に分けてみる
もし今、人間関係で気になっていることがあるなら、一つだけ思い浮かべてみてください。
まず、
「実際に起きたことは何だろう」
と考えてみます。
そして、
① 自分が変えられること
② 相手が決めること
③ 誰にもコントロールできないこと
と分けてみます。
たとえば、
「自分の意見を伝えたら、相手が不機嫌になったように感じた」
という出来事なら、
自分の円には、
「伝え方を振り返る」
「必要なら補足する」
「傷つける言い方をしたなら謝る」
「それでも自分の意見をどう扱うか考える」
などが入るかもしれません。
相手の円には、
「どう受け取るか」
「納得するか」
「不満を持つか」
「その後どう行動するか」
などがあります。
そして、その場の忙しさや、すでに起きてしまった出来事など、自分にも相手にも変えられないものがあれば、3つ目の円に置いてみます。
すぐに気持ちが楽にならなくても構いません。
まず、
「全部が私の責任ではないのかもしれない」
と整理できるだけでも、人間関係を見る位置が少し変わることがあります。
それでも、相手の機嫌が気になってしまうとき
頭では、
「これは相手が決めること」
と分かっていても、気になってしまうことがあります。
それも不自然なことではありません。
これまで人の表情や機嫌を敏感に感じ取りながら、人間関係を保ってきた人ほど、
「分けて考えよう」
と言われただけで、簡単に切り替えられるものではないと思います。
だから、3つの円を上手に使えなくても大丈夫です。
大切なのは、
「また相手の円まで、自分が背負おうとしているかもしれない」
と気づけることです。
気づいたら、もう一度、自分の円へ戻ってみる。
「私は、今どうしたいだろう」
「私にできることは、どこまでだろう」
「今、実際には何が起きているだろう」
そう問い直すことから始められます。
まとめ|すべてを自分の円に入れなくても、人を大切にすることはできる
人間関係では、自分と相手は影響し合っています。
だから、
「自分のことだけ考えればいい」
というわけではありません。
けれど、
相手の気持ち。
相手からの評価。
相手の選択。
偶然起きた出来事。
すでに変えられない過去。
それらすべてを自分の責任にしなくても、人を大切にすることはできます。
自分が変えられること。
相手が決めること。
誰にもコントロールできないこと。
そして、その3つを、
少し離れたところから眺めてみること。
迷ったときには、一度立ち止まって、
「実際には何が起きているだろう」
「私は今、自分の円を超えて何かを背負おうとしていないだろうか」
と考えてみる。
それは、相手を突き放すためではありません。
相手を大切にする関係の中に、自分自身も一緒に入れておくための整理なのだと思います。
HARUBERRYでは、一方的に「こうすべき」と答えを決めるのではなく、その人が置かれている状況や人間関係を一緒に整理しながら、その人にとって無理の少ない距離や選択を考えていきます。
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